新・ホスピス日誌 Vol.1
彼女が乳がんになって、2年半が経っていた。自分で右乳房のしこりに気がついてすぐ受診したそうだが、既に肝臓と肺に転移していたという。
根気よく抗がん剤治療を続け、小康を得ていた。しかし、がんは大きくなり続け、抗がん治療をこれ以上続けても根治は難しいと判断された。
55歳の彼女には、まだ結婚していない娘様が二人いて、身の周りの事を助けてくれていた。自宅は彼女が過ごしやすいように工夫されていて、死への覚悟すら、整っていた。心配事がひとつ、と切り出され、「まだお父さんに病気のこと言えなくて…」と、聞いて驚いた。週に何回も会いに来る実父に、死期が近いことを話せていないと。
右上肢に浮腫が強くなり自ら体を動かせなくなり、排泄に手がかかるようになった。食事が出来なくなり、下からの出血が止まらなくなり、痙攣がおこり、それでも会話が出来ている間は「ちょっと体調崩しただけ」と繕って笑顔を見せていた。「悲しむ時間が短い方が良いでしょ」彼女はそう言ったけど、ちゃんとお別れの言葉交わさなくていいの?
亡くなる2日前、「なんとかならないのか?!」と外来にやって来た父親に、彼女の闘病を説明した。泣いていた。悲しもう、みんなで悔しがろう。だけど、この状況を受け止めて一緒にいてあげよう。ありきたりな、こんな声かけしか出来なかった。
にこにこ新聞 2020年5月号掲載
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