〜爾今喜譚〜 サバイバル系アイドル

著:はなぶさ皐月

-1-

「咽頭がんっ!?」
社長の声がアイドル事務所に響き渡った。
以前からノンの声と体調に異変を感じていたのは、ノンだけでなくメンバーのサラや社長も同じだった。


が、それがまさかガンだったとは。
社長は矢継ぎ早にノンに質問を投げる。
「ステージ何?いつ手術?声はどうなるの?」
これまで三人で頑張ってきた。
過酷なアイドル業界でやっとここまできた。
初ワンマンライブを成功させ、さぁこれからだ!
と息まいていたからこそ、社長は落胆と混乱を紛らわすように声を荒げた。
「早期発見ですが、二十歳の私は進行が早いだろうって。
放射線治療を勧められ、喉を酷使しないよう言われました」
ノンは涙を堪えながら下を向いた。社長は溜息と共に、
 「・・・じゃ、もう活動は出来ない」
と強い眼差しを向けた。ノンは間髪入れず声を発した。 
「え、でも私まだ」
 「ダメ。今、一番に考えるべきはノン、貴方の命。サラだってそう思うよね?」
二人の視線が向いたのを感じてサラは首を横に振った。
「やだ」 

-2-

「サラ、ノンじゃなきゃ辞める。でも、ノンに無理して欲しくない。悩む」
長い訓練期間を経てデビューした二人。
気弱だけどしっかり者のノンと、ゆるふわ毒舌のサラ。
チケットを手売りし、イベントにも積極的に参加して、苦楽を共にしてきたからこそ、サラは想いを隠さなかった。
社長は俯く。
「なんで今!?」
近年、思春期・若年成人の癌が急増しているとは聞いていたが、まさか身内とも言える存在に起ころうとは思いもしなかった。
今までの日々が一気に蘇る。
無理させ過ぎたか?
体調管理はしっかり出来ていたはず。
食事管理するべきだったか?などの自問を科する。
同時にノンの将来が気になった。
働けるのか?
治療費は?
生存率は?
そんな疑問が社長の頭を駆け巡る。
「ごめん。今日は帰らせて。今の私じゃ決められない」
ノンもサラも無言で、壁を這うように去る社長を見送った。
社長は家で調べだした。
年間約2万人もの若者が癌と診断されている事に驚き、この情報を片っ端から漁る。
そして力なく首を振った。

-3-

翌日、社長がグループ解散の言葉を口にした瞬間、ノンが立ち上がる。
「私、諦めたくない」
ノンの目は死んでいない。
社長は天を仰いだが、サラは閃いたと手を打った。
「色んなアイドルがいても良いよね?」 
車イスを駆使するアイドルもいる。
誰もが最初は無理だと思ったが、今やその努力でファンを魅了している。
他にも色んなアイドルがいるはず。
同じ世代の癌で苦しむ人に勇気を与え、励まし合えるアイドルがいても良いではないか。
「ノンのパートは手話歌にして。あ、ファンに歌ってもらうとか?」
突拍子もない発言だが、サラの提案に社長は可能性を感じる。
ダンスが得意なノンと歌声に定評あるサラだからこそ挑戦する価値はある。
だが、ノンがいつまで動けるか分からないし、世間の目にどう映るのかを考えると決断できない。
「私、やってみたい!でも、ファンがどう思うか・・・」
ノンの葛藤が痛い程に伝染する。
社長も黙ったまま頭を掻く。
サラは事も無げに言う。
「じゃ、ファンに決めてもらおう」 

-4-

サラは迷い無く言い続ける。
「ファンに全部話そ。その上で、ファンの皆が応援してくれるって言うなら続けよ。ファンが心配で応援なんて出来ないって言うなら、そん時は解散」
社長もノンも考え込む。
社長が口を開く前に、ノンが顔を上げた。
「これから始まる治療って辛いんだと思うの。髪も抜けちゃうのかな。そんなアイドル見たくないかも。でもね、同じ苦しみの中にいる同世代を私は応援したいし、応援して欲しい。一緒に癌を乗り越えていきたい。だから、何もせずに諦めたくない」
泣きながら決意を語るノンの横にサラが寄り添う。
2人の姿に、社長は腹を括った。
「分かった!ノンのガンについてファンに話そう。2人の想いと今後の活動手段についても伝えて、パフォーマンスをする。その上で、ファンに決めてもらう。ずっとファンと一緒にやってきたんだし、ファンの意見も聞きたいよな。でも、これだけは言わせて。一番のファンである私は、何よりもノンの体が優先だからね。それでいい?」 

-5-

ノンとサラはお互いを見合うと「はい!」と返事した。
2ヶ月後、緊急ライブが開催となった。
タイトルは『サバイブ!』。
社長とサラで緊急ライブのチラシを撒いて回った。
ノンは治療に通いながら手話歌の練習。
慣れない治療と戦いながらライブを目指した。
二人でのレッスンも今までにない気迫があった。
そして迎えた当日。
リハーサルを終えたノンが社長とサラに話しかける。
「病院でね、ガン治療受けてる15歳の女の子と仲良くなったの。その子は病院から出れないけど、こう言ってくれた『ノンちゃん、私の分まで頑張ってね!今回は配信で観るけど次のライブには私も行けるように頑張るから!』ってすっごい笑顔で。そしたらさ、私、急に涙が止まらなくなって。その後思ったの、諦めないで良かったって。今日のライブ以降、どうなるか分からないけど」
涙目のノンは2人に頭を下げた。
「社長、サラ、本当ありがとうございます」
サラは無言でノンに抱き着く。
社長は泣きながら2人の肩を揺さぶり、笑顔を作った。
「さぁ、本番だ!」

-6-

ライブ早々、サラが語り出した。
「今日、ファンの皆に決めて欲しい事があるの」
社長もステージに立ち、ノンのガンと病状について説明。
ノンは笑顔を崩さなかった。
2人の想いを聴いたファンはどう反応したら良いか分からず、ざわざわするだけだ。
すると、最初の曲が流れ始めた。
二人はいつも通りの振付から、サラが歌い、ノンが手話歌を始める。
その部分の歌は聴こえないが、ライブハウスのスクリーンに歌詞が流れる。
声援もなく見守るファン。
それでも2人は全力で歌い、手話歌で踊り続ける。
その姿を見て、一部のファンがノンのパートを歌い始めた。
その声に呼応するようにノンが手話歌で舞う。
ファンが全員で歌うようになり、今までに経験したことがない一体感が生まれ始めた。
二曲目。三曲目と進むと、社長は泣いていた。
ノンもサラも、ファンも泣いていた。
泣きながら歌い、手話歌で踊った。
四曲目の曲が終わった時、ノンがマイクを持った。
「ありがとう。これからも私達と一緒に、歌ってくれますか?」
今日一番の声援にライブハウスが揺れた。

〜終〜

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