新・ホスピス日誌  純子先生が行く 2020.6月号掲載

新・ホスピス日誌  Vol.2

 「あと1、2ヶ月の命でしょう」と宣告された。それなら家で好きに過ごさせてあげたいと奥様が在宅療養を決めた。72歳、アルコール性肝硬変の果ての肝細胞がんだった。

 顔は小さくて目がぎょろり、上半身は痩せているので、腰から下の浮腫み具合には正直驚く。鳩尾(みぞおち)から巨大な水風船のごとく腹水が貯まっていて、その下に胴体くらいの太さまで浮腫んだ足が2本出ていた。自分では動けず、息をするのもしんどい様子。まずは貧血と電解質補正、投薬内容の見直し、食事や生活パターンの改善。ダメ元で色々している内に、見違えるほど元気になってしまった。

 元気なまま、在宅療養が一年も続いた。病識が薄い上に、恥ずかしがってか面倒がってか、奥様や看護師の言うことをきかない。お風呂嫌いで、弱って立てない身体なのに「家のお風呂に入る」からと、訪問入浴を勝手に断る。体調が良いとすぐ「もう治ったから薬は要らない」と服薬をサボる。色々理由を付けて看護に反抗する反面、医師には滅法弱く、叱られて小さくなる姿を見ていると憎めない。

 再び腹水が出現し始めた。それでも食事の後片付けを手伝えるほど元気にしていた。その日、自分でトイレへ行って排便し、「いつもより血液が多く付いている」と心配して看護師を呼んだという。駆けつけると、排便後、座ったまま息絶えていた。パッドにも便器の中にも大量の血液があった。肝硬変末期で、消化管粘膜からの出血が止まらなくなったせいだろう。「どうせ寝たふりしてる」と奥様が信じてくれないくらい、あまりにもあっけない最期だった。

にこにこ新聞2020.6月号掲載

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