新・ホスピス日誌  純子先生が行く 2021.2月号掲載

91歳の彼は、食事を摂らなくなって3ヶ月経つという。介護者である三女さんは看護師で、彼のもう老衰に近い全身状態をよくわかっていた。自宅で逝かせてあげたいと帰宅させた。

 40年前に胃がんをしていて、以後何回も腸閉塞を繰り返し入院していた。一回開腹術を受けると腹腔内に癒着が起こり腸閉塞を起こしやすくなる。排便コントロールは難しく、便秘気味でも下痢気味でも不快感があり、不安がつきまとう。当然、あまり食べなくなる。食べる事で癒着した腸が動いてお腹が痛いからだ。痩せて抵抗力も低下する。加齢を伴うと尚のことであり、9月末に起こした腸閉塞以降、彼はついに何にも口にしなくなっていた。

 高度に脱水を起こしている身体には、点滴なんて効きはしない。でもNa濃度が下がってしまって意識が混濁していることがわかり、点滴を繰り返した。一週間で、会話が出来るくらいまで回復した。「ありがとうな。」と、毎日点滴や褥瘡の処置や保清をしに来る看護師達に言う。水分を促しても、ゆっくりと首を横に振る。痛いところはない?苦しくはない?じっとしている身体は痛くなってくるので、看護師がまめに動かしながら、話しかける。「ありがとうな。」それしか言わない。

 訪問診療が始まって10日後、娘様が介護休暇を取った。丸一日かけて、丁寧にお父様のお世話をしたという。会うべき人みんなに会わせたという。もう満足したのかな、翌日静かに呼吸が止まった。

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